
中世の典型的な山城で自然の地形を利用した佐土原城は難攻不落の城であり、伊東氏の日向国48城支配の要の城として整備されていきました。
平成9年の発掘調査で、佐土原城は、山城には珍しく南九州では例を見ない天守台(天守閣)を備え、金箔瓦を使っていたことが、明らかになり考古学ファンを引きつけました。
※平成16年に国指定文化財
古い時代の佐土原は田島といい、鎌倉初期に源頼朝の命により工藤氏(後の伊東氏)が代官を派遣していました。代官は田島の館に住んだので田島氏と呼ばれるようになりました。後に都於郡の伊東祐賀が田島の領主となったころに佐土原城は築城されたようです。
元亀3年(1572年)に日向国の支配をかけて火蓋が切られた木崎原の戦いで伊東氏は島津氏に破れ、島津義弘の弟島津家久が佐土原城主となり島津の支配下となります。
豊臣秀吉の九州遠征で島津氏は敗れますが、佐土原は島津家久に安堵されます。
家久の死後は子の豊久が継ぎますが、1600年の関ヶ原の戦いで戦死。
関ヶ原の戦いに敗れた佐土原はその後幕府直轄領となり、1603年に島津以久が佐土原藩の藩主に命ぜられ、代々支配を続けて明治を迎えることとなります。
この間、佐土原城は日向国の政治・文化の中心地として栄えたのです。
鶴松館は寛永年間の城跡をもとに復元されたもので、大広間、書院、数奇屋(佐土原人形を展示する土人形館)の三棟からなっています。
江戸時代から続いた味噌・醤油醸造を営む商家「旧阪本家」を保存した施設。
| 所在地 | 佐土原町上田島8202-1 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00~16:30(月曜定休、12月29日~1月3日休) |
| 交通 | JR佐土原駅から車で約15分 宮交シティから西都行きバス、佐土原小前下車、徒歩5分 |
| 電話 | 0985-74-1518 |
| 料金 | 無料 |
| 駐車場 | あり |
| トイレ | あり(車椅子用あり) |