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エリア別観光スポット

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佐土原エリア

巨田神社(こたじんじゃ) 佐土原城跡歴史資料館
「鶴松館(かくしょうかん)」
久峰観音
高月院(こうげついん) 古月禅師生誕地
(こげつぜんじせいたんち)
大光寺
佐野原聖地(さのばるせいち) 久峰総合公園 佐土原十六烈士の墓
 

(1)巨田神社(こたじんじゃ)

所在地: 佐土原町上田島巨田
交通: JR佐土原駅から車で約20分
JR佐土原駅から西都行きバス、佐土原岐道下車、徒歩20分

施設紹介

巨田神社 祭神は天太王命(あめのふとだまのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)、大帯姫命(おおたらしひめのみこと)。 古くは巨田八幡と称しました。宇佐八幡宮(大分県)の荘園である田島荘の鎮守として建立され崇敬されました。 文安5年(1448年)11月8日銘の棟札には『奉修造巨田八幡宮、大檀那当御領主藤原祐賀』とあり、このころの領主が伊東祐賀であることがうかがえます。 江戸時代になると佐土原藩主島津氏から藩内7社の1つとして崇敬を受け、藩主の参詣などが行われました。 この社殿は天文16年(1547年)の建立といわれ昭和56年に解体修理がなされました。本殿は南九州には数少ない中世建築の遺構で三間社流造りの板葺き、木部には朱が塗られ、軒間にみどりの美しい色彩を見せています。この本殿と22枚の棟札が国の重要文化財に指定されています。また、本殿の左右にある若宮社・今宮社も一間社流見世棚造りで昭和58年に県の文化財として指定されています。その他、景行天皇御腰掛けの石もあります。

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(2)佐土原城跡

所在地: 佐土原町上田島8202-1
営業時間: 9:30~16:00(毎週月曜定休日)
交通: JR佐土原駅から車で約15分
宮交シティから西都行きバス、佐土原小前下車、徒歩5分
電話: 0985-74-1518
料金: 無料

佐土原城跡(平成16年に国指定文化財)

佐土原城跡 古い時代の佐土原は田島といい、鎌倉初期に源頼朝の命により工藤氏(後の伊東氏)が代官を派遣していました。代官は田島の館に住んだので田島氏と呼ばれるようになりました。後に都於郡の伊東祐賀が田島の領主となったころに佐土原城は築城されたようです。中世の典型的な山城で自然の地形を利用した佐土原城は難攻不落の城であり、伊東氏の日向国48城支配の要の城として整備されていきました。 元亀3年(1572年)に日向国の支配をかけて火蓋が切られた木崎原の戦いで伊東氏は島津氏に破れ、島津義弘の弟島津家久が佐土原城主となり島津の支配下となります。 豊臣秀吉の九州遠征で島津氏は敗れますが、佐土原は島津家久に安堵されます。家久の死後は子の豊久が継ぎますが、1600年の関ヶ原の戦いで戦死。このころ佐土原城には、山城には珍しく南九州では例を見ない天守台(天守閣)を備え、金箔瓦を使っていたことが、平成9年の発掘調査で明らかになり考古学ファンを引きつけました。 関ヶ原の戦いに敗れた佐土原はその後幕府直轄領となり、1603年に島津以久が佐土原藩の藩主に命ぜられ、代々支配を続けて明治を迎えることとなります。 この間、佐土原城は日向国の政治・文化の中心地として栄えたのです。

佐土原城跡歴史資料館(鶴松館)

鶴松館は寛永年間の城跡をもとに復元されたもので、大広間、書院、数奇屋(土人形館)の三棟からなっています。

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(3)久峰観音

所在地: 佐土原町下那珂久谷13822-3
交通: JR佐土原駅から車で約5分
JR佐土原駅から佐土原高校行きバス、佐土原高校前下車、徒歩20分
電話: 0985-73-0610

施設紹介

久峰観音真言宗黒貫寺末大悲山補陀落院久峰寺が山号です。敏達天皇(572年〜585年)の時代、勅命により日羅上人が建てたといわれています。有名な和泉式部の奉納した古鏡を今に伝える由緒ある寺として知られています。明治7年の火災で黒貫寺が炎上したため久峰寺の建物がそのまま黒貫寺に移築されたので、明治 25年に新富町の伝宗寺の建物を買い受け、現在地に観音堂として移築されました。

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(4)高月院(こうげついん)

所在地: 佐土原町上田島8079-3
交通: JR佐土原駅から車で約15分
JR佐土原駅から西都行きバス、春田下車、徒歩10分
電話: 0985-74-0629

施設紹介

高月院浄土宗知恩院末大池山青蓮寺高月院と号し、本尊は阿弥陀如来 慶長17年(1612年)4月佐土原藩初代藩主以久の3回忌に2代藩主忠興が建立しました。島津家は代々曹洞宗でしたが以久は晩年京都伏見にあったとき京都大雲院の門に入りました。高月院は以久の戒名『高月院殿前典厩照誉崇恕居士』にちなんだものです。以来藩主の菩提寺として保護を受け、後方の小高い墓地に藩主及び奥方、側室の墓石群が並んでいます。  また、寺の左手には戊辰の役の碑『豊烈曜後の碑』があります。戊辰の役における佐土原隊の活躍はめざましいものでしたが、その分多くの戦死者がありました。『豊烈曜後の碑』は、この慰霊祭を京都大雲院で行ったときの碑で、その後この佐土原に移されました。

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(5)古月禅師生誕地(こげつぜんじせいたんち)

所在地: 佐土原町下田島佐賀利
交通: JR佐土原駅から車で約10分
JR佐土原駅から西都行きバス、西田島下車、徒歩10分

施設紹介

古月禅師生誕地古月禅師は、東に白隠・西に古月と称された名僧で、寛文7年(1667年)9月12日に佐土原領内佐賀利に生まれました。姓は金丸氏。各地で修業を重ね、宝永元年(1704年)5代藩主惟久に請われて大光寺42世の住職になりました。禅師は行学兼備の高僧として知られ、駿河国松蔭寺の白隠とともに禅宗再興の双璧といわれました。また、簡単な言葉で禅の精神をわかりやすく庶民に広めようと作った「いろは口説」は、盆踊り歌として今も親しまれています。 85歳でこの世を去った古月禅師は桃園天皇より「本妙広鑑禅師」の称号を賜りました。

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(6)大光寺

所在地: 佐土原町上田島767
交通: JR佐土原駅から車で約10分
JR佐土原駅から西都行きバス、新城下車、徒歩5分
電話: 0985-74-0345

施設紹介

大光寺臨済宗妙心寺派仏日山金地大光自国禅寺と号し、本尊は十一面観世音菩薩。  建武2年(1335年)岳翁長甫(がくおうちょうほ)を開山和尚、田島4代祐聡を開基として創建されました。  宝蔵されている仏師康俊が彫った騎獅文殊菩薩脇侍附天蓋一面は国指定の重要文化財、木造地蔵菩薩半跏像は県指定文化財となっています。  江戸時代には島津氏から寺領75石を給されました。5代藩主惟久に請われて第42世として入寺した古月禅師は佐土原町佐賀利の人で、東の白隠、西の古月と称されるほど高名な禅師であり、大光寺中興の人といわれています。  大光寺には多くの古文書が残っており、古月の指示で大切に保管されるようになり今でも重要な歴史資料として活用されています。

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(7)佐野原聖地(さのばるせいち)

所在地: 佐土原町上田島久保土
交通: JR佐土原駅から車で約25分

施設紹介

佐野原聖地鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)の宮殿跡で、ここで神武天皇をはじめ4人の皇子がお生まれになった所と伝えられています。この聖地に伊東氏が佐野原神社を創建しお祀りしました。江戸時代には6代藩主島津忠雅によって具瞻閣というお茶屋(休息所)が設けられました。昭和9年には宮崎県知事一行が視察、昭和32年には佐野原聖地保存会が結成され、佐野原神社が再建されました。毎年秋には例祭が町長、町議会議長をはじめ有志の人々が参列して盛大に行われ続けています。

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(8)久峰総合公園

所在地: 佐土原町下那珂13754
営業時間: 野球場、陸上競技場、テニスコート、弓道場、四半的弓道場、パターゴルフ場
各施設の利用時間(管理事務所 要電話確認)
交通: JR佐土原駅から車で約5分、徒歩25分
電話: 0985-73-2782

施設紹介

都市公園として大人から子供まで幅広い活用を目指し、運動公園的性格も兼ね備えた「スポーツ&レクリエーション」の場です。

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(9)佐土原十六烈士の墓

所在地: 佐土原町下田島徳ケ渕霊園
交通: JR佐土原駅から車で約10分
宮交シティから高鍋行きバス、徳ケ渕下車、徒歩10分

施設紹介

佐土原十六烈士の墓貞享5年(1688年)、薩摩藩の江戸城御普請材を積み込んで出帆した宰領河越久兵衛、河越太兵衛、成田小左衛門の3人は13人の水主を指揮して遠州灘を航海中、暴風雨に遭い船頭権三郎は荷物を捨てるよう進言しました。13人の乗組員を助けるために死を覚悟した宰領の3人は材木を捨てさせ、無事嵐を抜けます。下田沖に着くと乗組員13人が無事佐土原に帰れるよう取りはからって欲しいという嘆願書をしたため、3人の宰領は割腹して果てました。これを見た船頭権三郎以下13人もこれに殉じて果てました。藩のため部下のため殉じた3人の宰領と、その義侠心を見てこれに殉じた13人の水主は、徳ヶ渕地区に十六烈士の墓として祀られています。

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